山村日記

息子2人、猫1匹と北海道で山村留学しています。

本好きな少年の人生を、一冊の本が変えた

長男は本が好きです。保育園の先生からは、「集合の声掛けをしても、一人で絵本を読んでいて来てくれない」と苦言のような心配をされたり、家でご飯を食べるときも、常に本を片手に持っており、「せめてご飯のときくらいは本を読むのをやめなさい」が母親の口癖でした。

案の定、小学校入学後は、集団行動を苦痛に感じ、早い段階から行き渋りがありました。母親に時間的·心理的·経済的余裕がもう少しあれば、登校を無理強いすることもなく、本人ペースで物事を捉え対応することができたように思うのですが、当時は日常を大きく変えることはできませんでした。

とはいえ、なんとかしないとお互いの心も人生もつらいなと思い、状況を変えるための選択肢として考えたうちの一つが山村留学でした。同じく集団行動や人付き合いが苦手だった母親には、幼少期より、夕方のニュースなどの特集で見聞きしたことがある、喧騒から離れた山の中の小規模校で過ごす山村留学に憧れがあったのです。

山村留学を検索してヒットしたのが、宮下奈都さんの「神様たちの遊ぶ庭」でした。北海道に山村留学する家族の1年間を綴ったエッセイです。タイトルに心を鷲掴みにされ、装丁に心が躍り、すぐに購入しました。

長男に読んでほしいなと思う本を家に置いておくと、関心があるものは、繰り返し繰り返し読みますが、そうでないものは、数ページ読んですぐに見向きもしなくなります。親のあざとさが透けて見えるものは特にそうなる傾向があります。

今回はどうかな?

心配をよそに、宮下さんのその本は、長男が3年生から5年生までの間に何度読んだか分からないほど、たぶんこれを人生のバイブルと言ってよいほど、寝るときもそばにおき、みごと心のベストテン第1位(本人に確認したことはないけれど)になりました。

大げさでなく、長男の心の拠り所になってくれていたのが神様たちの遊ぶ庭の世界でした。

エッセイを手にしてからの長男は、学校生活がしんどいときには、家で一言も発せず、声かけにも応じずにその世界に没入し、ことあるごとに、「山村留学したい」と言うようになりました。母親はというと、たしかに山村留学したら今の状況を変えられる、そのことが長男にとってよい影響をもたらしてくれそうだ、わたしも行きたい!と思うものの、現実的に今の仕事はやめていいのか?(仕事の面白さを感じているところ、子育てが落ち着いてきたので本腰を入れたい)、やめたら生活できるのか?(夫の収入だけに頼ってやっていくのは短期的には可能でも、先を考えると難しいのではないか)、山村留学後は今の生活に戻ってやっていけるのか?(結局1-2年して元の生活に戻るなら、さらに学校生活に馴染みにくくなるのではないか)など現状維持をするための思考回路がぐるぐるしていました。その点長男は、「(北海道は遠いが、近場の学校ならなんとかなるかもしれないと考え)エッセイの学校じゃなくても山村留学なら場所は違ってもいい?」という母親の妥協案について、「そこじゃないとだめ」と意志が明確でした。近県の山村留学をやっている自治体からパンフレットを取り寄せて見せても、全く関心を示さないのでした。

いつも自分の考えがはっきりしていること、それが道標になるような言葉の力が長男にはあります。おかげで、わたしの決心もつきました。コロナ禍を経て2年ほどかかりましたが。